2011年5月18日水曜日

真の日本人は、世界の救世主たる可能性と資質を持っている

小林よしのりではありませんが、ごーまんかましてみる。

「真の日本人は、世界の救世主たる可能性と資質を持っている」


日本人も年々、変なのが増えてきて困るもんだが、それでもさ、日本が、世界で一番、世界平和であったり、勤勉や勤労、真摯な人付き合いであったりと、ありとあらゆる「人」としての規範と調和を生み出せる可能性を持った国家であると思う。

アメリカの忠犬、自民党がどんだけ自国民騙してアメリカに日本人の財産を流出させても。
極左売国政権、民主党が政権をとって、近所の社会主義国家さんたちに散々日本のプライドを自らコケにして迎合したり貢いでも。韓国が日本の領土竹島を奪いに来ても、ロシアが勝手に実効支配して北方領土占拠してもetc...

何したって、議論を醸したり、反対運動は起こっても、決して内戦、クーデター、戦争に至らない国、日本。

稀有ですよ。稀有。軍を持ってる、持ってないとかは関係ない。


八百万の神様の思想にみられるように、あらゆる多様性を容認できる国。日本。

お盆には寺や墓参り、クリスマスにゃ、キリスト様なんちゃら祭りに興じ、正月にゃ神社に参り、仏教徒や新興宗教の奴が結婚式を縁もゆかりもない教会で挙げてみたり、まあ、何でもありで、身も蓋もないといえば、無いんだが、そんな人間性が、ありとあらゆる立場に理解を示して行動する柔軟性と優しさに繋がっているのだと思う。

分かりやすいひとつの例が、日本が満州を統治していた時代、通常の占領というと、欧米なんかは植民地化して完全に侵略したり、その国の歴史・文化を否定したりと非道に暇がないわけだが、日本は違った。占領という言葉がまったくに合わない、「真摯な統治」を行い、あらゆる産業開発や投資を行い、今日の中国の発展の基礎を日本が作ったわけだ。

wikipediaにも
満洲国は日本の傀儡政権ともいわれ、この時期の満洲は事実上日本の支配下となった。日本は南満洲鉄道や満洲重工業開発を通じて多額の産業投資を行い、農地や荒野に工場を建設した。結果、満洲はこの時期に急速に近代化が進んだ。
中略
日本が満洲に残した産業インフラは、経済基盤が脆弱であった建国初期の中華人民共和国を大きく支える力となった。
といった記事がみられる。

これについては朝鮮も同様で、明治時代、朝鮮総督府ができて大日本帝国が統治した時期があったわけだが、この頃の日本の政治のおかげで、今日の韓国の成立の基礎ができたわけだ。文字が読めない・書けないような文盲者もどんどん減り、不衛生だった生活環境も一変し、疫病で無くなる人も激減した。

今の大韓民国は日本が作ったと言っていい。

そんなことをつらつら書くと、中国政府も韓国政府も顔真っ赤にして怒り出すかもしれないが、事実は事実なのだ。

大戦後、アメリカの統治下におかれた日本は、実に真面目に働いた。アメリカも驚くほどに勤勉・勤労を重ね、経済的な大国に成長した。その成果は、日本国内のみならず、世界中の産業の発展に寄与している。これも紛れもない事実で、資質でいえば、もはやアメリカを超え、世界1~2位のレベルを持った国家は日本以外に置いてない。


そうなのだ。
戦勝国であった時期も、敗戦国のレッテルを貼られた時期も、日本人の資質は変わらなかったのだ。

日本人は、清潔なまでに「真摯」であるのだ。

その著書を書き上げるために、生涯、全エネルギーを注いだという、
マネジメントで著名なドラッカーも、最後にたどり着いたも結論として、
「真摯であること」を、人があるべき究極の資質として述べている。


ただ、世界を救う、究極の資質を、根本に持っている日本人にも、今大きな試練がやってきている。

実に真摯であり、真摯が何であるか、言葉ではなく行動として叩き込まれていた世代の日本人が次第に減り、方向性を見誤った近代教育や、失敗した欧米の市場原理主義により、真摯であった日本人も、大きく価値観が変化し、文化や情緒を破壊されつつある事が憂いであり、試練である。

明治とも言わない。戦前とも言わない、ほんの2~30年前程度でいい。
成長のまっただなか、混沌とはしているけれど、夢があふれた時代があったことを思い出してみる。

今ほどに経済的にはまだまだであったし、パソコンや携帯もない、3D映画も脳天気な娯楽も多くない。
でも、心は満たされて幸せだったあの頃があった。

そこに帰れとは言わない。ただ、少し思い出して、もう一度、何が大事であったのか、真摯の意味を考え、行動してみる勇気を持つことが大切なのだと思う。


今、たまたま、皮肉にも、震災による原発のショックで、多くの人々が節電や、本当の意味でのエコについて考え
行動する機会をえた。

東日本を悼みつつも支え、そして自分たちもまた、新たな時代を見据えて成長していく兆しがある。

愚かな政局も目を覆うばかりだが、これもまた、大きな成長の前の混沌と受け止め、関心を持ちながら声をあげていくしかあるまい。

もう一度言おう。

真の日本人は、世界の救世主たる可能性と資質を持っている

冒頭ごーまん、と言ったが、決して傲慢ではない。真摯にそう思う。

偉ぶるのでも、卑下するのでもない。あらゆる地域、あらゆる国家、あらゆる宇宙の多様性を受け入れ、相手の立場を認め尊重しあいながら、共に切磋琢磨しあっていける日本人、または日本的真摯な世界国民と共に、力と心をあわせ、未来を作っていきたい。

「立てよ 日本国民。」

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